Life is direction

節分@寿し平

外食三昧の数十年ですが、本当に”ごちそう”を食べにいく、という期待で朝からわくわくするのが梅屋敷のお寿司やさん、寿し平さん。

いつもお任せでいただくのですが本日は、まずマグロとアボカド、かまぼこが美しく和えられた”あじさい鉢”(お客さんが命名しておりました。)オレンジ色のとろりとした卵を抱いたわたり蟹を少し。蓮を添えた鰤のスペアリブ、なるほど照り焼きを超えてスペアリブ、たぶん部位が違うのですね...そして朝から大量に巻いたというコレ...

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恵方巻などできないように(江戸っ子ですから)、海苔一枚半を使って巻いたというこの太巻の美しさ、そしてお皿から立ち上る最高の海苔の香り。かんぴょうの概念を変える食感と椎茸、でんぶ、玉子の合間になんとも微妙に大葉がしこまれており、甘味と塩気と香りの馥郁としたまごうことなき人生史上最大の太巻、五色の福が宝物のように美しく巻かれているのです。縁起のよいものを食べるありがたさ、最高の節分となりました。

春のような風に吹かれての帰り道。

夢の中のよう。

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女の子たちの幸福を祈って

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ふたつの故郷

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年明け届いた年賀メールの中に、仲のよい照明技師さんが身体を壊し、八ヶ岳のふもとで自給自足を目指しながらマクロビオテイックをしている、という一通がありました。
仕事のある時は東京に出て、また技術を生かして地元の詩の朗読会に照明を当てに行ってきた、パンが食べたいからライ麦にトライするというその暮らしぶりは、心配というよりむしろすがすがしく羨ましいものでした。

彼は60歳ですが、自分ももうすぐ50歳になろうとしています。
徹夜もきついし老眼もすごいし、当たり前のことですが若い時とは違う、特に様々な事に興奮できなくなっているという事をいちばんに感じます。

そんな週末、お正月に帰らなかった実家の成人式連休の労働要員の帰省で、役者とオーナー代行の2足のわらじで10年走りぬいた弟と、実家のロッジの将来やもうとっくに隠居させてあげるべきなのに、そうさせてあげていない父の話となり、自分達がなんとなく帰ってくる気持ちもある事を初めて告げました。「帰ってくる」という言い方は正確ではないですが東京と新潟の2つの場所をベースにする、という事。ひとつの仕事、ひとつの場所にこれからの不安定な日本での人生をイチかバチかかけるのではなく、4人が2ベースを場所的にも職業的にも柔軟にやっていくということ...まあ、弟がいまだ独身で、お互いこどももなく、東京と新潟が近いからこその考え方なのでありますが...そしてまだ誰も重い病気を患ったり、ココロに余裕があるからこそなのでありますが、先に先に早めに早めに、という事で今年はふたつの故郷を行き来しながら楽しい計画を考える年になりそうです。

東京で大人をやったのが32年となるわけですが、新潟を大人として向き合った時間はとぎれとぎれで短く、知識も人間関係も、楽しみ方もまだよくできていない...お酒ものまず、通信も世界も知らないこどもの頃のそこは逃げ出したいただ退屈な場所でしかありませんでした。だから戻るというのでなく、初めて行くつもりで大人をやろうと思います。

激しい雪がやんだあとのおそろしいくらい美しい空を、新たな気持ちで見上げる2014年の始まり。

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2014絵馬に願うこと

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干支と観音様シリーズももうすぐ一巡。
巨猫をモチーフに使うため虎とか馬とか四足との相性がとてもむづかしく、本年は絵馬にしてみました。
寺社などで自分が具体的なことを願うことはめったにありません。それは亡くなった人への冥福であったり国家の安泰であったり、とても抽象的。言い換えるならば具体的な夢や目標がない、という事なのかもしれません。願いは叶えてもらう事を望むのではなく、誓いだとも言われます。そこで誓うことで行動にしめさざるを得なくなる。だから願わない事は叶う事がないのかもしれません。

今年は何か願ってみよう、と思いました。
まだ具体的になっていないけれど、大きなテーマだけよっつ絵馬に記してみる。

ソーシャルをやるようになってから依形の資質、神から授かる力が大きく落ちてきたように感じます。雑然とした思いのない同調、誤解を恐れずに言えば平坦で退屈な雑談、偽善を極力自分の生活から排除し、もっと強い言葉や個性的なエネルギーに揺さぶられたいと思います。

あけましておめでとうございます。
みなさんの願いが叶いますように。

今年はもっとBlogを書きます。

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バテレン禁止

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寒風にさらされての窓ふき、カーテン洗い、家中に散らばる週刊文春整理まで久々の完全大掃除を決行。行いがよかったためでしょうか、翌、天長節の朝、大国主の命様より贈物が届いておりました。
我家はバテレン行事禁止につき、家庭内のクリスマス、バレンタイン、ハロウィーンなどの行事は一切ありません。しかしながらクリスマスと天長節が幸いにもつながっていることから冬の寂しさの気配を街のきらめきとともにおごそかに楽しみます。

夏に長崎に行き、キリスト教が開放されてからも、隠れていた時に作られた独自の様式のまま伝わっているものをカタカナでカクレ、カクレキリシタンと呼ぶ事を知りました。二十六聖人殉教地という迫害の聖地の記念館で、紋付袴の老人が盆に載せた酒と米、鯖の切身のようなものを捧げている”クリスマス”儀式の映像は一目見て衝撃を受けるものでした。その後殉教者の祟りを恐れて敬う考え方や、オラショと呼ばれる独特な歌(お祈り)、仏式の葬儀をあげその後その効果を消すための儀式など、一種カルトとも感じられるカクレの世界...

じゃあ仏教はどうなの?といえば、原始仏教と日本の仏教が同じはずもなく、風土と民族が違えばおのずと宗教は変化しするもの、この風土というところの影響が面白い、それは音楽や料理が伝わる場所によって変わっていくのによく似ています。

先に指揮者の西村智実さんが、バチカンでオラショを演奏しスタンドオベーションを得たというニュースを聞きました。ワールドワイドというのはきっとそういう事だし、日本のクリスマスはもはや宗教ではないような気もしますが、やおろずの神の民としては冬の神様のようなものなのでしょう。そんなワケで泡のたつお酒が似合うステキな天長節です。

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市田喜一さんの話

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市田喜一さんは、自分が少しだけましなものが撮れるようになってきた頃お世話になった美術デザイナー...。
オールスタッフのあとにリールを見せてほしいと言われ、打合室で居心地の悪い二人きりの試写のあと、微笑んで「わかりました。」と言われたのは、初めての仕事の時。
グラフィック系のカメラマンの方が、いつまでもアングルを迷っているのを短気な自分がいらいらしていると、そっと自分の後ろに来て「そろそろ行ってくるかな。。。」と言ってカメラマンの人にふたことみこと告げると、瞬時にアングルを決めてくれたのは3度目の仕事の時。
事務所に出向いて、山のような仕事のポートフォリオを長い時間かけて一緒に見た。最後に仕事をした時は、その頃始めていた廃棄物の金属の鳥をスタジオの隅で作りながら、若いデザイナーとわたし達の様子をにこにこと伺っていた。

本質を見てくれて、大事にしてくれたとしか言いようがない。そしていつしか自分にも同世代のものを創る仲間ができ、その距離は少しづつ離れていった。

突然の訃報に伺ったお通夜で、たまたま横でお酌してくださった方は業界の人ではなく、版画の仲間で北村さんと言った。わたしは仕事の時の記憶、北村さんはずっと鬼をテーマにしていた市田さんが今年突然蝶を描いていて驚いたこと、お互いに知らない市田さんの話ををしながらたくさん飲んだ。

市田さんがあの頃のように泰然と微笑んで「見てくれている」という気がした。

1年ぶりに若いディレクターのワークショップをしている。
これが何かになるのだろうか、この子達の何かを変えるのだろうかと徒労に幾度も放り出したくなる。けれど遠い昔だけれど、今自分の心の中にあるもの、その温度を思うと、未来のことが少しだけ暖かく思える、会社に戻る冬の帰り道だった。

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父の青春をたずねる長崎ツアー その3

市内最終日。
長崎駅のそばの丘の上にある殉教地、二十六聖人記念博物館をちょろっと流すつもりが、そこで流されていた「カクレキリシタンのクリスマス行事」なるDVDに釘づけに...紋付袴のご老人が米や刺身ののった盆を供物として捧げる異様な風情...宗教が自由になってからも”隠れる”ことが様式となった、変容したキリスト教をカクレとカタカナで表記するのです....佐世保行の電車の中で名物角煮まんをむさぼりながら軍艦島、円山町、キリスト教弾圧の本をおさらい。
このへんが大村湾、この山の向こうが有明海、と移動しながら、海以外はきっと何もなかっただろう長崎という土地の時間をせつなさとともに感じる。

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3人乗りの自転車でヤケクソに恥ずかしい感じに挑戦しようかと迷ったあげく、いい大人がやはり微妙すぎるだろうということでハステンボス内の移動手段はカナルクルーザー&徒歩に。猛暑の中微妙なアトラクションを2つばかり。

ホテルヨーロッパなどではなく、夏の夕方から運河のほとりの庶民的なフードコートで、長崎北部エリアの名物である牡蠣焼を見苦しいほど大量にむさぼりながらの花火見物。図らずも大変な黄金席でした....。
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同調強制のない、イマイチなものに追従はしないメンバーの旅は申し分なく、カウントダウンが始まってはいるのだろうけれど、また何度でも行きたいと思い改まる長崎ツアーでありました。

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父の青春をたずねる長崎ツアー その2

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夏のような快晴の翌日、この旅の目的である高島、端島のクルーズへ。
勝手にセンチメンタルになりそうなところへ大挙して乗り込んできた熊本のおばちゃん連合(50人あまり)のおかげで、わさわさと出航!
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このクルーズ会社の人達は、いわばOBである父にも観光向きでないお話をいろいろしてくれたよう...。
まず父の働いていた高島に上陸し炭鉱記念館を見学。実際に働いていた場所は島の裏側で数も少ないバスしかないため交通手段がなくあきらめたのですが、もしかしたら行きたかったかもしれません...毎日何100Mもの地下に降り、地上に戻るには1時間気圧調整をしないといけなかった、何かが崩れ落ちれば命に関わる、実際現場で亡くなる人もいた労働の日々。なつかしいなどという言葉ではきっと語れないもの、若き日の父に感謝をし船は島を離れる。もう父はここに来ることはないでしょう。

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そして見えてきた軍艦島は、圧巻の一言。
上陸できるのは2009年からで、波止場と炭鉱サイドのこちら側200Mの遊歩道のみ、上陸時間も厳しく制限されています。
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生活空間に入りたいという乗客が今まで多かったせいもあるだろうけれど、ツアーガイドの方の「生活空間のことだけでなく、何より炭鉱で働いていた人の事を忘れないでほしい」という熱のこもった言葉に、救われた思いがしました。画像は父のいた高島と同じ天井も壁もないというエレベーターの入口。階段の黒いのは影ではなく炭鉱夫たちの身体についていた炭だそう。「島から逃げようとして溺れ死んだ人もいる。地元の人は地獄島なんて呼んだんだよ。」光も影もある昭和。父はこの島に友人と映画を見に来て、生活エリアにぬけるトンエルの場所がわからず、頂上間近の地獄段という階段を迷いながら超えていったんだそう。

緑なき島には緑が生まれ、軍艦の上をとびが雄大に泳ぐ。

ここを含む九州の歴史遺産群は翌日世界遺産の日本推薦エリアに決定しました。

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出島、平和記念館、稲佐山夜景とセンチメンタルに長崎を堪能し撃沈の夜、バスタブで転びお湯が赤く染まるデスマッチ...この程度でおたついていては昭和の先人と大日本に、申し訳ないと一人処置する夜更...明日何事もありませんように。

つづく



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父の青春をたずねる長崎ツアーその1

マダムの父は若い頃日本の高度成長を支える全国各地の(ギャラのいい)土木現場を転々としており、その中で長崎の軍艦島の隣の高島というところで炭鉱の重機に乗っていたことがありました。
昨年77を向かえ喜寿の祝いに、母の死後初めてマダムのツレを交えた変則メンバー4人でかの地を訪ねることに。
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しょっぱなからの空港トラブルで弟が出遅れるというお約束の珍道中スタート、ビッグ茶碗蒸しの吉宗からいきなり満腹街道のまま、夏のぶり返した猛暑のグラバー園で坂の街長崎の強烈な洗礼を受ける。最初の回顧スポットは休日に遊びに来てナンパしたザボン売りの娘がいたという武器商人グラバー園への坂道にて。
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生ザボンジュースを頂きながら平成のザボンガールとザボン娘の思い出を語る父...。

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坂と猛暑に一抹の危機を感じたため、何かあったらと名刺をいただいていたタクシー運転手(タヌキ風)吉田さんを呼び出し、そこから観光タクシーしていただこうと市内を回ったのですが、最後に山間に迂回し、「ここをまっすぐ降りたところが亀山社中ですから。」と言われた、その道はたしかに公道の印があるものの...
違う...絶対違う...と気づいた時にはかなり下っってしまった道を再登山。これが長崎。坂の上の方に暮らすのはきついと最近は空き家も増えているんだとか。旅で迷った道というのは絶対記憶に残る...。この景色も忘れられない思い出になりました。

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その後、外人風の老人と金髪の中年、年齢不詳のおばさんと着流しの中年という怪しい4人で、あまり面白くない観光有名店を早々に切り上げ、場末の一口餃子屋で絶品のレバテキなどを頂き...初日半日でダイナミックに長崎を制覇。

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ホテルの場所は思案橋という丸山町遊郭のはずれで絶好のナイトスポット。中年になった子供達は老人をおいて部屋を抜け出し、キャバのお姉ちゃん達の盛大な客引きにも迷わず、アパホテルの社長にちょっと似ているママのスナックで長崎しばりの歌などを歌うのでした....つづく

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お盆の食事

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8月13日 大根ときゅうりの芥子膾 いごねり 厚揚と椎茸の煮物 おばさんの漬けたきんちゃく茄子 おばさんの炊いた貝柱と栗のおこわを仏壇にあげて16時には迎え火。家の迎え火が終わってから隣家の迎え火もお付き合い。生きてる人はおさしみの盛合と鯛の頭の吸物 ビール 鯛の素晴らしさがすべてを制覇。おこわを蒸し直す時酒をふりかけたレンジの蒸気で指を4本火傷。

8月14日 朝/母実家の墓参りのあと親戚と恒例のお餅の朝食。 粒あんのお餅 しゃけと豆腐大根のおつゆのお雑煮 きんちゃく茄子 ミニトマトのバジル漬 ぶり大根 コーヒー 代が変わり以前とは違う新しい美味しさをしみじみと感じる。
昼/昨晩の残りのおさしみに玉子焼ときゅうりを散らしたちらし寿司  インスタントの冷汁のもとできゅうりと豆腐、氷を入れた冷汁 家から持ってきた香菜と寿司酢で漬けたトマト
夜/天ぷら(茄子 かぼちゃ さつま芋 たこ パプリカ ほたてと玉ネギのかき揚) そうめん 豆腐と茄子の冷製ぽん酢と香菜 ビール イマイチなものは絶対食べない父、茄子の冷製不評。かき揚が素晴らしいでき。
温泉あがりに、畑のはしに群生したアップルミントで作ったハーブティーでアーリータイムズを割る。美味この上なし。指の火傷2本クラッシュ。

8月15日 朝/おばさんの太巻 うちのじゃが芋とキャベツの味噌汁 うちのトマトときゅうり
おやつ/おばさんの家にご挨拶 グレープフルーツとナタデココのゼリー きんちゃく茄子の漬物 群馬の養蜂家のアカシア蜂蜜の入ったアイスコーヒー
昼/新幹線の中でお弁当 おばさんの太巻 夕べの天ぷら きんちゃく茄子の漬物

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朝つんだ大量のアップルミントを行く先々で配り、枕元において飲みながら就寝。慣れ親しんだ水と山の香気に洗われたお盆の食事。

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