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2013年12月

バテレン禁止

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寒風にさらされての窓ふき、カーテン洗い、家中に散らばる週刊文春整理まで久々の完全大掃除を決行。行いがよかったためでしょうか、翌、天長節の朝、大国主の命様より贈物が届いておりました。
我家はバテレン行事禁止につき、家庭内のクリスマス、バレンタイン、ハロウィーンなどの行事は一切ありません。しかしながらクリスマスと天長節が幸いにもつながっていることから冬の寂しさの気配を街のきらめきとともにおごそかに楽しみます。

夏に長崎に行き、キリスト教が開放されてからも、隠れていた時に作られた独自の様式のまま伝わっているものをカタカナでカクレ、カクレキリシタンと呼ぶ事を知りました。二十六聖人殉教地という迫害の聖地の記念館で、紋付袴の老人が盆に載せた酒と米、鯖の切身のようなものを捧げている”クリスマス”儀式の映像は一目見て衝撃を受けるものでした。その後殉教者の祟りを恐れて敬う考え方や、オラショと呼ばれる独特な歌(お祈り)、仏式の葬儀をあげその後その効果を消すための儀式など、一種カルトとも感じられるカクレの世界...

じゃあ仏教はどうなの?といえば、原始仏教と日本の仏教が同じはずもなく、風土と民族が違えばおのずと宗教は変化しするもの、この風土というところの影響が面白い、それは音楽や料理が伝わる場所によって変わっていくのによく似ています。

先に指揮者の西村智実さんが、バチカンでオラショを演奏しスタンドオベーションを得たというニュースを聞きました。ワールドワイドというのはきっとそういう事だし、日本のクリスマスはもはや宗教ではないような気もしますが、やおろずの神の民としては冬の神様のようなものなのでしょう。そんなワケで泡のたつお酒が似合うステキな天長節です。

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演劇ではないもの...

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花組芝居の怪誕身毒丸をもう何度見ただろう?

久々の公演のハコは駅前劇場。紋付袴の素歌舞伎。花組観劇初の最前列。
銀色の蓮池の前で役者陣を拝みつつもはや法事のような心持ち。故竹本朝重の義太夫、ガムラン、パンソリと、花組の中でも音楽がとびきりの演目で、阿形と吽形の阿形の方を観劇したのですが、もともと身体性の美しい谷山知宏が年を重ね、母親カーリーをやるにふさわしい重みがでてきたのと、軽妙なリズムが独特の大井靖彦のシッダルタ、鼻につくけれど端正な色気の堀越涼のヤマのからむあたり、なんかここはプロレス?神事?舞踏会?と思ったら、そういえば花組芝居は歌舞伎なんだった、としごくあたり前の事を思い出した...。

そしてここ数年自分が好んで見ているもの、プロレスやらアングラやらハチドリ姉妹やら大駱駝鑑やら、見たけれど実はかなり辛かったものなどをあれやこれや思い起こし、もしかして自分は演劇が好きな訳ではなかった(むしろ苦手)のかもと少なからずショックを受けてしまった...。演劇を名乗る中にも自分的には演劇として見ていないものというのはあれこれあって、Ort-d.dのものなんかは結構好きなので微妙なのですが...
やっぱり自分が好きなのは
遠くへ旅に連れてってくれるもの、プレイヤーのオーラが満ち溢れ、偶然や場所の空気をとりこめる感覚があって、受け止める人をくたくたにさせない、バイタルを回復するようなもの...

つまり神様への奉納に立会いたいのです。

神々がかむつどいましてのてんつくてん
師走にふさわしい花組芝居の奉納でした。

行ってよかった。

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GDW番外編 その1

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1年ぶり...怒涛のヤングディレクター特訓終了。

今回の課題は新人DJ達のボイスサンプルを作る企画とMAVの演出。
広告の指導でもあり、演出の指導でもあったのだけれど、掛合や複雑な構成を禁じたせいである程度長文を書かねばならず、思いがけず作家性を指導する時間になりました。得意なものだけでなく普段書いたことのないテーマにトライさせ、一人一人ぐっと追い込んでいきました。

言葉のセンスなどというものは持って生まれた要素が強く、トレーニングではそうそうのびないもの...と今まで思い込んでいましたが、決して決してそんなことはなく...恋のことがよくわからず、初めは薄っぺらいテキストを書いていたヤングは4度のリライトの末に一気にここまで書けるようになりました。

あなたを街で見かけた時、
風に舞う落ち葉も、道ゆく人々も
世界がスローモーションで見えた。

あなたが視界から消えてしまえば
キラキラと輝いていた時間は、

また、色のない世界へと戻る。


帰り道に見上げた月が、
あり得ないくらい綺麗で。
込み上げてきたもので、
今度は目の前がぼやけて見えた。


どうしてだろう。

あなたのことを想うと、

世界がこんなにも違って見えてくる。


そう、それはきっと、「恋」というメガネをかけたから。

ひとはみんな、いろんなメガネをかけている。

人生にすてきなメガネを。
白峰眼鏡。


この原稿は自分でディレクションさせてもらった。
深い言葉にきっとこの子たちは飢えているのかもしれない。

今年はあまりにも何もしない年だったので、自分に負荷をかける時間でもあったのですが、サボっていたせいか、おいつめた時間のせいか、しかし今回は疲れたな~

 

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