« 父の青春をたずねる長崎ツアー その3 | トップページ | アベック対抗歌合戦 »

今井良晴追悼興行

__

自分の人生に大きな影響を与え、大げさに言えば助けてくれたプロレスが2つ。ひとつは90年代の全日本女子プロレスでもうひとつは2007年からの大日本プロレス....今井良晴リングアナはその両方に関わった方として不思議なご縁を感じる人。
大日本が一歩も二歩も引いた形で、女子プロに最大のリスペクトをもって開催した追悼興行に自分も役に立たないお手伝いを少しだけさせていただいた。
今井さんの笑顔と花の祭壇のリング、故人の人柄そのものの丁寧で思いのこもったカードの数々と演出、全女のレジェンドたちから10代のレスラーまで、女子プロの過去と未来に思いを馳せながら、これが追悼であることをしばしば忘れそうになるほど...特にセミファイナルのスターダムの選手たちは、短期間で両国を実現するだけあり、個人でなく団体のスピリッツのようなものを強く感じるプロレスだった。

大日本提供の1試合を含む濃密な6試合を終え、セミファイナルが終わるとそれまでのマットが動きのいい大日本の選手たちによって一気に外され(ここも非常によかった)、そこに全日本女子のリングマットが現れた瞬間、空気が一変した。

Toyota

渡辺智子、伊藤薫、豊田真奈美、井上京子、ダンプ松本、ジャガー横田という全女のレジェント達が揃ったファイナルで、そのリングコールは始まった。
はじめは誰も気づかなかった。それは今井さんのあのコールだった。ひとり、またひとり、コールされたレスラー達が次々と下を向く。本当に今井さんは今ここにいる、という感覚が後楽園ホールをいっぱいに包んだ。
「飛翔天女、豊田真奈~美~」とコールされた豊田が堪えきれず一瞬涙をぬぐい、すぐそんなことはなかったかのようにレスラーに戻っていく。湿っぽいのが嫌いな今井さんにそんな顔は見せられないと、彼女たちは全女という時空にダイブしてゆく。20代の時と身体能力はあきらかに違う。もう動けないよね、と言われている選手も多い。けれど彼女達は今井さんに、観客に、自分自身に全女というものを本当に見せたかったのだろう、こわいほど全開の全女のプロレスをした。
なくなっても、いなくなっても人の中に残って強く生きていくものがある。全日本女子プロレスも、今井良晴という人も。
レスラーはみな本能でそのことを知っている。強く残る自分になりたいと。いなくなっても生き続けていたいと。

|

« 父の青春をたずねる長崎ツアー その3 | トップページ | アベック対抗歌合戦 »

コメント

コメントを書く



(ウェブ上には掲載しません)




トラックバック

この記事のトラックバックURL:
http://app.f.cocolog-nifty.com/t/trackback/1118791/53468131

この記事へのトラックバック一覧です: 今井良晴追悼興行:

« 父の青春をたずねる長崎ツアー その3 | トップページ | アベック対抗歌合戦 »