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2013年9月

父の青春をたずねる長崎ツアー その3

市内最終日。
長崎駅のそばの丘の上にある殉教地、二十六聖人記念博物館をちょろっと流すつもりが、そこで流されていた「カクレキリシタンのクリスマス行事」なるDVDに釘づけに...紋付袴のご老人が米や刺身ののった盆を供物として捧げる異様な風情...宗教が自由になってからも”隠れる”ことが様式となった、変容したキリスト教をカクレとカタカナで表記するのです....佐世保行の電車の中で名物角煮まんをむさぼりながら軍艦島、円山町、キリスト教弾圧の本をおさらい。
このへんが大村湾、この山の向こうが有明海、と移動しながら、海以外はきっと何もなかっただろう長崎という土地の時間をせつなさとともに感じる。

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3人乗りの自転車でヤケクソに恥ずかしい感じに挑戦しようかと迷ったあげく、いい大人がやはり微妙すぎるだろうということでハステンボス内の移動手段はカナルクルーザー&徒歩に。猛暑の中微妙なアトラクションを2つばかり。

ホテルヨーロッパなどではなく、夏の夕方から運河のほとりの庶民的なフードコートで、長崎北部エリアの名物である牡蠣焼を見苦しいほど大量にむさぼりながらの花火見物。図らずも大変な黄金席でした....。
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同調強制のない、イマイチなものに追従はしないメンバーの旅は申し分なく、カウントダウンが始まってはいるのだろうけれど、また何度でも行きたいと思い改まる長崎ツアーでありました。

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父の青春をたずねる長崎ツアー その2

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夏のような快晴の翌日、この旅の目的である高島、端島のクルーズへ。
勝手にセンチメンタルになりそうなところへ大挙して乗り込んできた熊本のおばちゃん連合(50人あまり)のおかげで、わさわさと出航!
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このクルーズ会社の人達は、いわばOBである父にも観光向きでないお話をいろいろしてくれたよう...。
まず父の働いていた高島に上陸し炭鉱記念館を見学。実際に働いていた場所は島の裏側で数も少ないバスしかないため交通手段がなくあきらめたのですが、もしかしたら行きたかったかもしれません...毎日何100Mもの地下に降り、地上に戻るには1時間気圧調整をしないといけなかった、何かが崩れ落ちれば命に関わる、実際現場で亡くなる人もいた労働の日々。なつかしいなどという言葉ではきっと語れないもの、若き日の父に感謝をし船は島を離れる。もう父はここに来ることはないでしょう。

Gunkanlong

そして見えてきた軍艦島は、圧巻の一言。
上陸できるのは2009年からで、波止場と炭鉱サイドのこちら側200Mの遊歩道のみ、上陸時間も厳しく制限されています。
Kamome

Gunkan

生活空間に入りたいという乗客が今まで多かったせいもあるだろうけれど、ツアーガイドの方の「生活空間のことだけでなく、何より炭鉱で働いていた人の事を忘れないでほしい」という熱のこもった言葉に、救われた思いがしました。画像は父のいた高島と同じ天井も壁もないというエレベーターの入口。階段の黒いのは影ではなく炭鉱夫たちの身体についていた炭だそう。「島から逃げようとして溺れ死んだ人もいる。地元の人は地獄島なんて呼んだんだよ。」光も影もある昭和。父はこの島に友人と映画を見に来て、生活エリアにぬけるトンエルの場所がわからず、頂上間近の地獄段という階段を迷いながら超えていったんだそう。

緑なき島には緑が生まれ、軍艦の上をとびが雄大に泳ぐ。

ここを含む九州の歴史遺産群は翌日世界遺産の日本推薦エリアに決定しました。

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出島、平和記念館、稲佐山夜景とセンチメンタルに長崎を堪能し撃沈の夜、バスタブで転びお湯が赤く染まるデスマッチ...この程度でおたついていては昭和の先人と大日本に、申し訳ないと一人処置する夜更...明日何事もありませんように。

つづく



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父の青春をたずねる長崎ツアーその1

マダムの父は若い頃日本の高度成長を支える全国各地の(ギャラのいい)土木現場を転々としており、その中で長崎の軍艦島の隣の高島というところで炭鉱の重機に乗っていたことがありました。
昨年77を向かえ喜寿の祝いに、母の死後初めてマダムのツレを交えた変則メンバー4人でかの地を訪ねることに。
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しょっぱなからの空港トラブルで弟が出遅れるというお約束の珍道中スタート、ビッグ茶碗蒸しの吉宗からいきなり満腹街道のまま、夏のぶり返した猛暑のグラバー園で坂の街長崎の強烈な洗礼を受ける。最初の回顧スポットは休日に遊びに来てナンパしたザボン売りの娘がいたという武器商人グラバー園への坂道にて。
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生ザボンジュースを頂きながら平成のザボンガールとザボン娘の思い出を語る父...。

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坂と猛暑に一抹の危機を感じたため、何かあったらと名刺をいただいていたタクシー運転手(タヌキ風)吉田さんを呼び出し、そこから観光タクシーしていただこうと市内を回ったのですが、最後に山間に迂回し、「ここをまっすぐ降りたところが亀山社中ですから。」と言われた、その道はたしかに公道の印があるものの...
違う...絶対違う...と気づいた時にはかなり下っってしまった道を再登山。これが長崎。坂の上の方に暮らすのはきついと最近は空き家も増えているんだとか。旅で迷った道というのは絶対記憶に残る...。この景色も忘れられない思い出になりました。

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その後、外人風の老人と金髪の中年、年齢不詳のおばさんと着流しの中年という怪しい4人で、あまり面白くない観光有名店を早々に切り上げ、場末の一口餃子屋で絶品のレバテキなどを頂き...初日半日でダイナミックに長崎を制覇。

Shindo

ホテルの場所は思案橋という丸山町遊郭のはずれで絶好のナイトスポット。中年になった子供達は老人をおいて部屋を抜け出し、キャバのお姉ちゃん達の盛大な客引きにも迷わず、アパホテルの社長にちょっと似ているママのスナックで長崎しばりの歌などを歌うのでした....つづく

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