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その時ジプシーは?

_gennpatu

facebookなどでは主にリンクをひっぱった原発に対する”また聞き”が日常的に交わされていますが、原発についてはずっと腹の据わらないまま今日まで来ました。年に一度福島に行き一度目は16km圏のほぼ無人の飯舘村を、二度目は12km圏の野ざらしとなった海岸を歩き家を流された地元の人とお話をした。
化学や汚染度の話をどんなに聞いても、自分自身が子供もなく、死をおそれていないので、しんそこ身にせまるものがない。
『原発ジプシー』は1970年代に原発下請労働者として潜入したジャーナリストのルポルタージュ。そこに書かれているのは、ひたすら狭く、暑く、汚染され、テキトーな構造で、なりゆきの管理のプラントの”労働”...けれど、こんな労働は石綿の入ったビルを解体する業者だって、医療廃棄物を分別する業者だって、食品を添加物の池に沈める業者だって、生活のあらゆる裏側に存在しているだろう。危険で汚いことはいつだってわたしの代わりに誰かがやってくれている。
それでもよしりん先生のこの本と合わせて、もう脱原でいいと、とようやく思えた一番の根拠は、その処理の事がいまだ保障されずに進められたものだという一点につきる。葬りたくても葬れないもの。消えずに途方もなく長く残ってしまうもの、だということ。そしてこれからの若い?日本の男の子がこんな労働を誠意をもってやるはずなんか絶対にない。未来のない忌み嫌われる毒物として、ただ廃墟へ向かうこの国中の原発を解体する、その時ジプシーたちは一体何を思うだろうか....。

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