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2012年9月

横浜の栖(sumica)

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栗栖久さんは、マダムの会社のひとつ先輩のディレクター。前のビルではパーテーションをはさんで席も近いお向かいさんでした。
彼が会社をやめて3年、突然届いたのは以前口にしていた”うつわのお店”OPENのお知らせ。姓の一字をとったsumicaという名の、うつわ屋というよりcafeのようでもあるフライヤーとサイトを見て、言い表せないような気持ちが湧き上がってきました。
9月いっぱいやっているという10人の作家展。顔を見なくちゃ、お店を見なくちゃという事で、消化試合でビアガーデンと化したハマスタ帰りにふらり立ち寄り....。

閉店真近の陽の落ちてゆくお店に、栗栖さんは一人恬淡とたたずんでいた。
気になったものをなんども眺め、解説を聞き、贈物を選び、ステキなぐい呑みでだしてくれた日本酒を、もう閉店だからいいかと一緒に呑みながらあれこれ....bottle

新しいことを始めたというその輝きは、若い人のようにがつがつ浮ついたところはみじんもなく、店の内装も選んだうつわも、飄々とした佇まいがあった。この佇まいに広告の仕事を長くしてきた人は強く何かを感じるだろうし、ふらりと入った若い人は何か癒されるものを感じ、老人はこの若い?店主を面白く感じるだろう。

そこはまぎれもなく長くいたくなる、住んでしまいそうになる、清清しい彼の栖だった。

(作家さんのBlogより画像転載失礼!)

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晩夏の天国

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15年近く暮らした五反田から、移転計画がもちあがる我家。
西五反田、北品川と今まで何度かの検討をしてきましたが、正直もうひとつ気乗りがしませんでした。というのも、ここからの10年という時間は、言ってみれば老化、よく言えば隠居や成熟という時間になるわけです。その年齢にふさわしい暮らしでありたい。

訪ねた大田区のその駅はごく小さな商店街のある街で、小さな町工場やかつての名産であった海苔の問屋などがあるとても素朴な場所でした。何が”ある”というわけでもないけれど身の回りに何もかもがなければいけないという訳ではない。その街でタクシーを拾ってワンメーターのところに、白砂と秋草のそよぐ丘の、夢のような浜があった。決してキレイとはいえないけれど、運河の水に魚が行き交い、地元のこども達が青空の下で水浴びをしている。運河の向こうには規則的な工場の機械音が響いていている。ここにしょっちゅう来て本を読みながらピクニックをする近い未来が見えた。

さて、ここで何をするか、何を新しく始めるか。そのために何をやめ、何を譲り、何を捨てるか。どんな人と時間をすごすか。ひと月の間ゆっくり考えてみようと思います。

戻るのではない、また行く、のだと思う晩夏の青空。

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バカは邪気をはらう

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たいがいのピンチが起こっても結果オーライのディレクターとして不死身扱いしてきた、自称”受難系”ディレクターの名和くんが、髄膜炎という誰にでもおるウィルスにやられ、帰省先で入院、さらに再発再入院となり、鬼の霍乱とばかり多摩地区の某病院にお見舞いにdash
見舞のリクエストが会社においてあるPCとおいしいコーヒーというあまり病人に適さないものだったので、もういいや、と思い小林よしのりのA級戦犯論と、器機の周りで盛大に湯気を吹きあげ、どう見たってよろしくないT-fal&Kittyちゃんのマグカップをさしいれ....coldsweats01こういう時は、バカは邪気を吹き飛ばすという大日本的縁起が大事sunまあそんな事をしなくても受難系ディレクター氏は、”昨日の看護婦さん”を指名しようとし、指名料がかかりますと切り返されていました。
こういう時に限って何でもおさめようとする男なので、期待通りスチル、ムービーを一式もガッチリおさえる。
8階の窓からは美しい連山が広がり、入院はどこへ行くよりよほど旅、としみじみ思いました。邪気にやられないようパワフルにすごすのが見舞いの鉄則だと思う。

本日会社に来たメールでは、昨晩の夕飯には「敬老の日おめでとうございます」というプレートがついており、早朝の休憩所では老婦人方が放屁合戦をされていたという事ですので、退院もまもなくの事でしょう。

バカは邪気をはらうという意味で、今の日本に足りないのはバカだな、と思う。なのであまりにもバカな福島第一は不謹慎ですが、なんだか大丈夫なんじゃないか、と思ってしまったりする。自分もバカが全く欠損しがちな人間なのでちゃんとバカを補強しないと。

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画像はこのあと、抗生物質の点滴にうめく名和くん。まあそのくらいはガマンして。

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楽しく自然体 GWD第2回

のっけからなんですが、楽しい現場が一番とか、自然体とかすぐ言うディレクターが嫌いですpout仕事せいよ、と思う。
GIRLS DIRECTION WORKSHOPの第2回。オースミユーカ監督はマダムの会社の後輩で、その頃からCMの定型にはまる事を嫌った独特のムードを持っていました。退社してからはショートムービーや映画の脚本、監督にもたずさわる脚本家・映像ディレクター。彼女に講師をお願いする時にでてきた”楽しい、自然体”という言葉に内心小さな抵抗を感じていました...。

いくどかの打合せを繰り返し、彼女からだされたのは
『姉妹の設定だけを作り、ディレクターとモデル達で一緒に作っていくエチュード』
簡単な部屋の装置で、ゴキブリの出現から処理するまでの1分、という条件の中、それぞれのグループのくり広げたのは、自分の鎖をどんどん解いてゆくキャラクターの爆発でした。それは自分の想像する"楽しく、自然”というものとは全く違っていた。
あるモデルの子は「もっとできるよ、やっていい?」と言った。次のテイクで彼女はもっとやった。終わってからももっとやりたそうで、楽しそうだった。

CMという世界の不自由さと、ディレクターごときが考えた事よりも、プレイヤーの中のポテンシャルを信じるという事をユーカは伝えてくれようとしていたのだ。そして最後に突然お願いした二人のモデルたちから、とんでもないブッラクなものをさくっと引き出して大笑いしていた。
”もっとやる事”なんかを今のCMの世界は求めてはくれない。それどころかよりも”やりすぎない事”を監視されてさえいる。けれどその習慣が、中途半端なテンションのOKカットや、約束事の域を超えないCMをどれほど生みだしている事だろう...

「ディレクターは自分の想像をいつも役者に越えてほしいと願っている」
これってプロレスの事だ。
プロレスは楽しく自然体だ。
今日のこの子たちは、みんなバラモン姉妹だった....

画像はモデル事務所の許可がいただけたらUPいたします。

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その時ジプシーは?

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facebookなどでは主にリンクをひっぱった原発に対する”また聞き”が日常的に交わされていますが、原発についてはずっと腹の据わらないまま今日まで来ました。年に一度福島に行き一度目は16km圏のほぼ無人の飯舘村を、二度目は12km圏の野ざらしとなった海岸を歩き家を流された地元の人とお話をした。
化学や汚染度の話をどんなに聞いても、自分自身が子供もなく、死をおそれていないので、しんそこ身にせまるものがない。
『原発ジプシー』は1970年代に原発下請労働者として潜入したジャーナリストのルポルタージュ。そこに書かれているのは、ひたすら狭く、暑く、汚染され、テキトーな構造で、なりゆきの管理のプラントの”労働”...けれど、こんな労働は石綿の入ったビルを解体する業者だって、医療廃棄物を分別する業者だって、食品を添加物の池に沈める業者だって、生活のあらゆる裏側に存在しているだろう。危険で汚いことはいつだってわたしの代わりに誰かがやってくれている。
それでもよしりん先生のこの本と合わせて、もう脱原でいいと、とようやく思えた一番の根拠は、その処理の事がいまだ保障されずに進められたものだという一点につきる。葬りたくても葬れないもの。消えずに途方もなく長く残ってしまうもの、だということ。そしてこれからの若い?日本の男の子がこんな労働を誠意をもってやるはずなんか絶対にない。未来のない忌み嫌われる毒物として、ただ廃墟へ向かうこの国中の原発を解体する、その時ジプシーたちは一体何を思うだろうか....。

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地獄の釜の淵で戯ぶ人

ここ数年あまりにも”濃い”ものを見ている。

夏の終わりのFREEDOMS葛西純プロデュースデスマッチトーナメント。(もうなんだか何も語りたくない....)ただ、葛西純は地獄の釜(フタはガラスボード)の上からMASADAというキチガイ外人に、フタごと破壊されリング下の奈落に落ち、そして地獄からまたもや突っ返された..破壊された両膝で狂猿はガラスと血まみれになって、きょとんとリングに舞い戻ってきた。
このまま闘わせていいのだろうかと思っているたくさんのファンは、もはやその恐れを決して口にしようとしない。人生がデスマッチとなりもう文学のようになっているこの人、葛西純は特別な人間。悲劇の人。物語の人です。

そして、横浜クリフサイドでのバーレスクダンサーTAMAYOのショウ。TAMAYOはTAMAYOでしかなく、他の子とTAMAYOの距離はあまりにも遠い。どんなにTAMAYOが女の子を育てても、誰もTAMAYOにはなれないだろう。
TAMAYOの踊りを見ていると、涙が止まらなくなる時がある。それは葛西純のプロレスを見ている時とちょっと似ている。

地獄の釜の淵でこの子たちは(年下だからね)命を惜しむように戯ぶ。
その事が儚くて、美しくて、尊くて本当に涙がでます
画像は、そんな釜の淵仲間の二人の珍しいショット。

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