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墓参り二題

墓参り二題

お盆を迎え菩提寺のある千葉佐原の墓参りpaper
母が入ってからひんぱんに行くようになりましたが供養というよりこの街が好きだからというのも大きい気がします。
明治から戦前、江戸川の流通で発展した名残で、街を運河が貫き小江戸とも称される町並はとても風情があります。墓は日蓮宗の菩提寺の中にあり、法事のお経などもよく聞こえる。こちらの”COZZY”と呼んでいる元商社マンのリアリストの住職が、母が亡くなった時、観音様の話をしたり、寺の会報なども頂いていたりするので、自然とここでお世話になるのだろうなぁと思うようになりました。ちょうど掛付の医者がいるような感じ。死の方面の(あくまで方面)専門家がいるというのは、そう悪くないものです。

実家新潟では、母の実家のおじおばも入った新盆の墓参り。水無(みずなし)という地名の水のない川に沿った山あいの林道に親戚一堂が早朝参り、その後あんこと雑煮2種の餅を頂くのがこどもの頃からの風習。

佐原に通うようになり、なんとなく田舎がふたつできたような気がする。
田舎っていうものに、パトリオット的愛着はないのだけれど、この年になって何だろう...と考えると、帰る場所。ずばり死に場所だと思う。
佐原で夜運河沿いを歩く時感じる繁栄の名残の色気、雨の水無の林道を歩く時感じる過酷な雪国のストイックな官能、なんだか自分が幽霊になったようで、死を強くイメージします。けれどそれは決して怖くはなく旅にでるような気持ち。逝く場所があるというのはきっと幸せな事なのでしょう。だから人は田舎があってうらやましい、などとと言うのかもしれませんね....

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