« 2012年7月 | トップページ | 2012年9月 »

2012年8月

恐竜王国で発熱

__

夏の終わりに幕張くんだりまで出かけた恐竜王国crown行かずにおれなかった理由は「こどもの頃図鑑で見た恐竜の姿」が全然違うものになっているsign03というセンパイのメッセージ....
どう違うか、というと一番は”毛(羽毛)”が発見されちゃったため!中国遼寧省でざんざらざんざら発見された大量のアジアの恐竜たち。”毛”はもはや学会のバブルとなり毛の生えた絵や復元が多数...中には、ええ?こんな毛sign02というちょっと悪ノリのものも。T.REXというバンドがありましたが、この毛の生えたイメージだったらバンド名にしなかっただろうな...と思うcatfaceそれもそのはずティラノは爬虫類じゃなくて、鳥のご先祖だったんですchick

骨格標本は、復元も薬品を塗った実物もたくさんあったのですが、実はこの時原因不明の悪寒と吐き気が....43の弟にムリを言って一緒に来てもらっていたので(一人で行きなさいよ、いい年して)悟られないようにしていたのですが、経験的にオカルト系の体調不良....この日家でぶっ倒れて数日間結構な発熱となるまあ、こんな復元されてまさに執念のいれものだから、いろんな悪いものも入るよなあ..typhoontyphoontyphoon.

夏休みもラストスパートだからか、思ったほど子供の数は多くなく、特に学童の子は少なめだったのですが、こどもってもっと恐竜って恐ろしかったり、語りたかったりするものじゃなかったけ?驚~くほど静か。そしてひたすら親は記念画像を撮っている。彼らにとってこれは古代に実存した生物なんかじゃなくて、アトラクションと同じなんだろう。でもそれをこどもに感じさせることができないのはずばり親に想像力がないんだと思う。完成度の高いゲームやアトラクションに接していたら、こんなものはただの茶色い骨の作り物でしょう...復元かホンモノかなんてどうだっていいこと....こどもにちゃんと解説をしてあげているお父さんお母さんはその日は見当たりませんでした。

弟が小さい時、親が迷惑なほどエンドレスに恐竜の解説をしていた、そういうこどもはもういないか絶滅をしてしまうのか、その代わりこの恐竜たちのように何か新たな能力を得て時代に対応をしてゆく、いったいそれはどんな能力なのだろうともうろうと発熱する頭でふと思うのでした.....。

| | コメント (0) | トラックバック (0)

ピーターパンの羽根

__

DDTというプロレス団体は、掛値なしにインディーのトップを走る団体であると思っています。けれど、次々とショウのように選手が登場するランブルや、人形、透明人間と闘う試合など、面白さはわかっても、その茶番ぶりが、愚で直でDeathである大日育ちの自分には、どうしても酔えない宗旨のプロレスでもある...coldsweats01

ピーターパンと言う、夏に催される大きな大会が今年は両国国技館から武道館に場所を移し1万人以上の観客を集めた4時あまりの興行。下北で200人という時代からここまで長い間ファンと培ってきたエネルギーが満ちあふれる会場で、ショックを受けるような試合が2つありました。
ひとつは竹下幸之介という、おそろしい身体性を持つ現役高校生のレスラーのデビュー戦。
もうひとつは飯伏幸太という天賦の才能を持ったレスラーと、そのタッグパートナー、ケニー・オメガとの、大日用語で言うところの37分の”死合”。
1階席から見てもざわざわするようなその試合を、アリーナの観客は時に絶句し、もうやめてくれと叫んでいた。後に知ったのだけれど、この二人は運命のタッグでこういうシングルは滅多にしない。
ロミジュリの時に、蛍光灯と画鋲の巻かれたマットにバルコニーから落ちた葛西、沼澤選手の事を思いだした。あの時、もうこんな試合は二度としてほしくないと思ったし、ベストバウトとなった伊東葛西戦の事は自分は恐怖の中にいて記憶すらない。でも、こういうやらなければいけないタイミング、相手がどうしても存在してしまうのだという事はわかる。何より恐ろしいのはこの子たちが29と30歳で、自分のピークを全部わかった上でやっているのだという事。この試合はきっとベストバウトをとるでしょう。けれどそれはレスラーの肉体にとってはワーストバウトで、ワーストディスティニーのがけの上で行われるのだという事.....

ピーターパンの羽根が折れないように少しづつ枯れる日を待つのか、ある日イカロスのように突然ちぎれて吹き飛ぶのか、それはレスラーの生き方にもよる。でもここまでやるのならどうか飯伏、プロレスの世界以外の人も一目置く、スターにきっとなってください....。

| | コメント (0) | トラックバック (0)

墓参り二題

墓参り二題

お盆を迎え菩提寺のある千葉佐原の墓参りpaper
母が入ってからひんぱんに行くようになりましたが供養というよりこの街が好きだからというのも大きい気がします。
明治から戦前、江戸川の流通で発展した名残で、街を運河が貫き小江戸とも称される町並はとても風情があります。墓は日蓮宗の菩提寺の中にあり、法事のお経などもよく聞こえる。こちらの”COZZY”と呼んでいる元商社マンのリアリストの住職が、母が亡くなった時、観音様の話をしたり、寺の会報なども頂いていたりするので、自然とここでお世話になるのだろうなぁと思うようになりました。ちょうど掛付の医者がいるような感じ。死の方面の(あくまで方面)専門家がいるというのは、そう悪くないものです。

実家新潟では、母の実家のおじおばも入った新盆の墓参り。水無(みずなし)という地名の水のない川に沿った山あいの林道に親戚一堂が早朝参り、その後あんこと雑煮2種の餅を頂くのがこどもの頃からの風習。

佐原に通うようになり、なんとなく田舎がふたつできたような気がする。
田舎っていうものに、パトリオット的愛着はないのだけれど、この年になって何だろう...と考えると、帰る場所。ずばり死に場所だと思う。
佐原で夜運河沿いを歩く時感じる繁栄の名残の色気、雨の水無の林道を歩く時感じる過酷な雪国のストイックな官能、なんだか自分が幽霊になったようで、死を強くイメージします。けれどそれは決して怖くはなく旅にでるような気持ち。逝く場所があるというのはきっと幸せな事なのでしょう。だから人は田舎があってうらやましい、などとと言うのかもしれませんね....

| | コメント (0) | トラックバック (0)

@東十条夏祭り

__

東十条、王子神社の大祭で神輿をかつぐボーイフレンドたちの応援におでかけdash浴衣を着て商店街をちょっと行き来するだけでもぐっしょり汗だくな夏の日、女神輿もありますが、何時間もの神輿、イチから体力つけないととてもとてもムリです....
終わってから四丁目町内会の路地でお接待を。揚物と巻寿司を頂きながらばんばか回ってくるビールを頂くbeerやはり江戸なんですね、田舎のようにダラダラせず、さっぱりあっさりと三本締めにて終了。

祭りの男は何割増しって言いますが、普段からいいオトコばかりなので、みんな一段といいオトコ。ごちそうさまでしたheart04

夏の東は素晴らしく〆に立ち寄った居酒屋の冷奴が本当に江戸のさらした真っ白の豆腐。このせいせいした感じが大好き。浴衣も今年からはざくっとした生地のツバメ柄に変えたことだし、粋なオトコと鰻、藪蕎麦、鍵屋に行きたいbottle

| | コメント (0) | トラックバック (0)

CREATORS MARKET

For_print

マダムの会社には、プロダクション、ポストプロ、イベント会社、グラフィック会社など様々なグループ会社があります。
交流会などもよく催しているのですが、なんとなく気になっていたのがクリエイターの顔があまり見えないこと。まあ、ディレクターなんてそうそう社交や営業ってしないものですからcoldsweats01
そんな時にクリエイター中心の会をもうけませんかsign02と提案してきてくれたのが広報兼グループ統括部長というセキニンの重そう〜な転校生(マダムは中途の方をこう呼びます)i田さん。正直、月一のWORKSHOPの事で今はいっぱいいっぱいだったのですが、今年はきっとこういう年まわりなんだと、無謀にも実行に踏み切る事にdash

リールや作品だけではフツーなので何を売ってもかまわないMARKETというテーマで、チキチキやってみたのですが、参加は94人と盛況、ただし肝心のうちのディレクターの出席は繁忙中とはいえとっても低く、まあ、またいろいろ反省しきりではありました。
クリエイターにはなかなか伝わりにくい事なのですが、自分を売ってくれるのは自分しかいないと言う事。作品と人柄、縁とやる気がセットになって初めて人ってものは売れるんですよね。天才以外の人はまずそうです。
こんな機会はそうそうもうけてあげられないし、まあ自分から行動した人に縁がより繋がればいいなと思います。ここでないどこかで、頑張ってくれているならそれもまたよし...。

画像は今年リマーカブルディレクターに応募した3人のヤングのポスター。
盛況sun

| | コメント (0) | トラックバック (0)

« 2012年7月 | トップページ | 2012年9月 »